後退と突進と。

玉、飛車、角、金、銀。
 偉い奴はみんな後退する術を
 ちゃんともっている。
 だけど前線を張る歩とか
 外側にいる桂馬や香車は
 後退が許されていない。
 そんな不遇な運命を背負った彼らを
 不憫に思い応援したくなる。
 中でもぼくは桂馬がいちばん好き。
 いったい誰が彼に教えたんだろう、
 意表を突くおもしろい動きを、さ。
 目の前の敵を飛び越せるのも彼だけ。
 敵陣に飛び込むと金に成れるけど
 ぼくはずっと桂馬のままで
 いさせてやりたいっていつも思う。
 そうやって考えていくと、
 多かれ少なかれみんな少しずつ
 不器用だということに気づく。
 だからみんな好きになってあげるよ、
 ただし桂馬の次にだけどね。
 玉はいちばん体重が重いから動きが鈍いよね。
 美味しいものを毎日食べていそう。
 少し走り込みでもしてみたら?
 って誰も助言できないか。
金:殿、斯様なことを申す不届き者がおりまする。
 玉:無礼千万じゃ!もしやその方もわしにダイエットをせよと?
 金:滅相もござりませぬ。たとえそう思いましても
 決して口には出せませぬ。
 玉:口に出さずとも思っておるとな?
 金:ははーっ!
 玉:何がははーじゃ。わしはその方より腰が軽いぞよ。
 金:まさか・・・でございます。
 玉:ならあえて問うぞ?
 金:なんなりと。
 玉:斜め後ろに動いてみー。
 金:・・・あっ
後退は戦術のひとつかも知れないけど、
 人間界ではずる賢く逃げるような後退も
 民意を無視した突進も同じ駒が
 演じているように思えて仕方がない。
 人間の世界より将棋の世界の方が
 “見える化“されている分だけよっぽど清潔。


