興奮と落胆と。
高揚と緊張で何を着ていけばいいか
わからなかった。
迷っているうちにどんどん時間が過ぎ、
ぼくがやっとの思いで服を決め家を出た時は
すでに約束の時間を3時間も過ぎていた。
きっと彼女はもう怒って帰っちゃった。
ぼくに愛想を尽かしもう二度と会ってはくれない。
ぼくが打ちひしがれて待ち合わせ場所の
ボーリング場のロビーに行くと、
驚いたことに彼女は待っていてくれた。
しかもボーリングをしながら。
ぼくは素直に遅刻のわけを話し心の底から謝った。
すると彼女は至福の笑みでぼくを許してくれた。
ぼくは南氷洋に落ちていたところを
助け出された鯨捕りの船員みたいに
ホッとして激しく震え彼女の笑みに救われた。
そんなぼくの耳に彼女が囁く。
今夜のディナーはあなたの奢りよ、と。
ぼくはズボンのポケットに
手を突っ込んで財布の厚みを確認し、
親指と人差し指で輪っかを作って
明るくオーケーと言った。
ぼくたちはデパートの上にある
レストラン街までエレベーターで行き、
お寿司屋さんに入った。
炙りゲソを美味しそうに食べる彼女を
とても美しいと思った。
ぼくたちはボーリングのことについて話し、
今まで観た映画のことで盛り上がり、
おにぎりの形について論戦を交わした。
そして最後に南氷洋に落ちたぼくを
助けてくれたことのお礼を彼女に告げた。
ぼくは何を食べたのだろう。
いくら考えても思い出せなかった。
でも彼女が本当に美味しそうに
握りを食べるところを見ているだけで
ぼくは満足だった。
彼女を家に送り届け帰りの電車の中で
ぼくは彼女がどうして3時間以上も
待っていてくれたのだろうと考えてみた。
もしかしたらボーリングの調子が良くて
やめられなくなったのかも知れない。
いや、違うな。
彼女はぼくを信用してくれていたんだ。
約束をすっぽかしたり忘れるような
男じゃない。そう思われているだけで
ぼくは空を飛ぶほど幸せな気持ちになった。
だけどこれ、ぜんぶ夢だったんだ。
ポケットの中の財布にはいったい
いくら入っていたんだろう。
彼女と食事をするのにいくらなんでも
デパートのレストラン街はショボすぎだな。
でも楽しかったなぁ。夢かよー。