クルマに乗って考えたこと。

ルームミラーに映る景色は”過去”。
フロントガラスから見える景色は”未来”。
そしてぼくが乗っているクルマの中は”現在”。
冴えないクルマだしエアコンの効きも悪い。
だけどぼくのクルマは”現在”を積んで
危なっかしくも時速50kmで走っている。
ぼくはぼくなりに未来に向かっているのだ。
あっ、いまぼくのクルマの横を
赤い流線型のクルマが爆音を轟かせながら
ものすごいスピードで追い抜いていった。
赤い流線型のクルマのルームミラーには
ぼくのクルマがもう過去のものとして
映っていることだろう。
・・・ケッ!ヤな感じ。
ぼくはわりとマイペースを信条としているので
刺激を受けてもスピードを上げたりしない。
なぜなら今は助手席に犬を1匹乗せていて
スピードを上げると怖がるし、
人生はレースじゃないからね。
それに事故を起こしたら
そこで”現在”が止まってしまう。

車内が暑いから窓を開けたいと犬が言った。
ちょうどJames Taylorの”Our Town”が
終わったところだったので
かまわないよとぼくが答える。
窓を開けると風切り音でご機嫌な音楽が
聴こえなくなっちゃうからさ。
犬はそのタイミングを図っていたらしい。
ぼくより遥かに空気が読める犬。
開け放たれた窓からは潮騒の音とともに
潮風が吹き込んでくる。潮潮攻撃。
それは現在に吹き込まれる今しがたまで
現在だったかなり新しい過去の空気。
“イマシガタ”ってなんですか?と犬が問う。
ついさっきっていう意味だと犬に教える。
完璧に日本語を理解しているものと
思っていたのにこんな簡単な言葉を
知らないとは笑っちゃうね。
「えっ?なにか言いましたか?」
「いや、別に」
おかげで現在の空気が一気に
塩っぱくなっちゃいましたねと
犬が申し訳なさそうに言う。
まったくだ、とぼく。
「でも気にすることはないよ。
たまには過去の空気に包まれるのも
それはそれで悪くない。
どうせならもっと激しい潮風に晒されて
ぼくの現在からこの暗く重たい気持ちを
過去に捨て去ってしまいたいくらいのものさ」
「でも現在はすぐに過去になりますが、
気持ちというものはある程度
現在と並走することがありますよ。
ほら、あの時の余韻を楽しむとか
悲しみが尾を引くとか。
どのくらいの距離を”気持ち”と一緒に
過ごすかは人それぞれだと思いますが」
「いつかはどんな気持ちも後方に流れて
そのうち見えなくなるのだろうか。
犬くん、そのあたりはどう思う?」
「平らで真っ直ぐな道を走っている限り
どんなに遠い過去の景色の一部に
なったとしてもそれは見えなくなっただけで
ちゃんとそこに存在しているはずだと思います。
ただ遠ざかれば遠ざかるほど
その時の気持ちというのは色褪せ
小さなものになるのではないでしょうか」
「悲しみが小さくなるのは嬉しいけれど
悦びはそのままこのクルマに積んでおきたいよ」
「気持ちというものは意図的に
思い出という見えない固形物に変えて
脳みその引き出しの中にしまうことができます」
「見えない固形物・・・かぁ。
犬にしては難しい表現をするね」
「ご主人様、犬にしてはが余計です」

※くだらないことを長々と書きましたが、
書いたことで少しだけ気持ちが軽くなりました。
あっ、犬くん、ガソリンを入れなきゃ!

※ハルジオンは蕾の時は俯いていて
咲く時に上を向くのだそうです。
まるで落ち込んでいる誰かが力強く
踏み出すように見えるらしい。
しかも多年草。たくましく可愛らしい野の花。

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