神秘的な夢。
言葉を持たない男たちが
深い森の中の草地に置かれた
大きな石の上に腰を下ろして
漆黒の闇夜に眼を凝らしている
そしてその時が訪れるのを
ただじっと待っている
二度東の空に星が流れた後に
どこか遠くの方から聞き慣れない
不思議な鳥の鳴き声が聞こえた
男たちの鋭い眼が一斉に
そちらのほうを向く
鳥は福音を告げる神の遣い
その鳴き声は始まりの合図
それが男たちを上気させる
山の上に鋭利な月が昇り始めた
光源はそれだけで依然漆黒に近い闇
そこへ男たちの中のひとりが
森の奥に小さな光を見つけ
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・
光は連なって美しい一列縦隊を組み
男たちのほうに向かって動いている
その小さな光の連なりは森の中に
蠢く
強い意思を持った生き物の眼のよう
男たちの数は十七 光の数も同じだった
もう鳥の鳴き声は聞こえない
鳥は南西から吹く神の風に促され
鋭利な月と入れ替わるかたちで
森の奥へ飛び去ったのだ
森に揺らめく光の正体は松明だった
長い髪を後ろで束ねた白装束の女たちが
右手で松明を掲げ首から真っ赤な勾玉を下げ
男たちのほうに向かっている
装束の白は松明の炎に照らされて
白鳥の羽のような薄い乳白色に見える
しばらくすると男たちの耳が
女たちの微かな歌声を捉えた
近づくにつれ次第に歌声が鮮明になる
でも何を歌っているのか分からない
聞いたことのない神秘的な旋律
やがて女たちは次々に
男たちが乗る石の前に姿を現した
松明の炎が赤々と燃え男たちの姿を
くっきりと照らし出す
男たちはみな上半身裸だ
玉のような汗が松明の炎で光る
女たちが歌いながら松明を高く掲げ
石の周りをゆっくり回り始めると
男たちは片膝付きの姿勢になって
微動だにせず女たちの動きに見入る
四方から太鼓の音が鳴り出し
それが女たちの歌に重なった
男たちの誰もがその繰り返される
歌の
旋律と太鼓のリズムに身体を預け
石の上で何度も激しく身体を揺する
女たちの輪の外側では
内側とは別のことが進行している
数え切れないほど多くの森の精霊たちが
女たちの円の外側を丸く取り囲み
そこに溝を掘って聖なる水を流していく
神秘的な旋律は途切れることなく
繰り返され松明の炎も衰えを知らない
女たちには外側で何が進行しているのか
すべて分かっていた
でも石の上にいる男たちが
それに気づくことはなかった
男たちは身体を揺することに夢中なのだ
森の精霊たちはその作業を終えると
地面の中に吸い込まれるように消えていった
女たちの歌が止み太鼓の音も途絶え
石を囲む草地に静寂が訪れると
男たちは激しい眩暈と疲労を感じ
とうとう力尽きて荒い呼吸のまま
石の上に横たわり動かなくなった
その機を待ち望んでいたように
女たちは一斉に燃え盛る松明を
精霊たちが掘った溝に投げ込んだ
松明の炎は聖なる水に燃え移り
瞬く間に草地全体を明るく照らした
女たちは燃え盛る炎を背にして座り
頭上に輝く鋭利な月に向かって
美しい韻を踏む収穫の祝詞を捧げた
女たちの艶やかな声は
円形の炎の内側で旋回しながら
横たわる男たちをやさしく包む
祝詞は長く続いた
横たわる男たちの呼吸は鎮まり
外側の炎の環は余所者の侵入を
拒絶するかの如くますます燃え盛った
男たちは依然深い眠りの中にいた
女たちは祝詞を終え髪を解く
柔らかい風が吹き女たちの長い髪を揺らす
二度目の静寂が訪れてしばらくすると
石の上にいくつもの眩い白い光が
男たちの身体の上に浮かび上がった
それは男たちの魂だということを
女たちは本能で知っていた
魂は石の上を離れ中空まで昇ると
まるで身近な星々のように輝いて見える
それを見た女たちは立ち上がり
首から下げた真っ赤な勾玉を
一旦やさしく両手で包み込んだ後
空中に勢いよく投げ上げた
勾玉は迷うことなく中空の魂へと向かう
そしてそれぞれの魂とひとつになって
魂の白い光は真っ赤に染まり
漆黒の闇の中で永遠と思えるほど
長く
いつまでも燃え続けた
どこかで小鳥たちが鳴き始めた
東の山々の稜線がほのかに明るむ
夜明けは間もなくやって来る
石の広場にはもう女たちも男たちもいない
ただ大きな石だけが朝日を待ちながら
沈黙の標として姿を留め風に吹かれていた
※本当はこんなに整然とした夢ではなかった。
あらゆる場面が切れ切れに現れていたのだと思う。
忘れてしまった場面もたぶんたくさんあったのだろう。
それらの場面を再構築し繋いだり膨らませたりしながら
ひとつのストーリーにしてみた。
過去に読んだ小説の影響を受けているのかも知れない。
はっきりと印象に残っているのは
迫力のある大きな石と松明の炎のゆらめき、
それと胎児を思わせる形の真っ赤な勾玉、
刃物のような三日月、魂を思わせる眩い光・・・
そのくらいのものだった。
※写真は梅雨に入ったばかりなのに
もう終わりかけのように見える紫陽花の花。
私、子どもの頃からこのラピスラズリの色が
大好きなんです。