辿り着けなかった孤島。
どこまでも続く
真っ白な砂浜の波打ち際を
歩いている夢を見ました。
ときどき波が押し寄せてきて、
ジーンズの裾をたくし上げた
私の足元を洗います。
それが冷たくてすごく気持ちいい。
しばらく歩いていると
遥か遠くの方に白い手漕ぎボートが
船底を上にして浜辺に置いてあるのが
見えました。
近づいていくと私の見間違いで
それはボートではなくシロイルカでした。
よく見るとまだ息をしていて
胸ビレがわずかに動いている。
助けてやらなければと思った私は
必死にシロイルカのおでこのあたりを押して
海に押し戻してやろうとするのですが
押せば押すほど胴体が砂にめり込んでいく。
「尾を持って・・引いてみて・・」
口も動かず声も聞こえないのだけれど
どうやらシロイルカが喋っているみたい。
「運動会の・・・綱引きみたいに」
はたしてシロイルカの世界にも
運動会があるのだろうか。
狐につままれたような気持ちで
言われるまま尾を持って引くと
シロイルカは少しずつ海に近づきました。
どのくらい格闘していたのか分かりません。
気がつくと私の下半身は海水に浸かっていて
すっかり息も上がってしまっている。
そんな肩で息する私とは対照的に
海に戻ったシロイルカは元気を取り戻し、
胸のあたりまで水の中に浸かった私の周りを
嬉しそうにぐるぐる泳ぎ回ります。
救出に成功した私が気をよくしながら
岸に上がって振り返ると
シロイルカは音のない声でこう言いました。
「さあ、乗って」
乗ったらなぜかもう陸に戻って
これないんじゃないかと思って
私は首を強く横に振りました。
「心配なんかしないで」
「でもぼく、いま釣り竿持ってないし」
「ぷっ!」
「カナヅチだし」
「ぷっ、ぷっ!」
「なに?」
「もうちょっとマシな受け答えできない?」
「その前にキミはだれ?どこにいくの?」
そう言い終わらないうちに
シロイルカは強引に私を背に乗せ
布を縫う針のような動きで
沖に向かって泳ぎ始めました。
泳げない私はその背に跨って
振り落とされる恐怖と戦いながら
その針に必死にしがみついています。
私をどこへ連れていくのか聞こうとしても
波飛沫が激しく顔に当たって声が出ない。
「孤島よ」
シロイルカは私の考えていることが読めるみたい。
《コトウ?コトウってあの絶海の孤島の孤島?》
「そう。だけど絶海じゃないから安心して」
《そこでぼくは何をするの?》
「命の洗濯(笑)」
えっ、シロイルカが笑ったよ。びっくり。
《ぼくの命は汚れてる?》
「真っ黒(笑)!あなた溜まってるでしょ」
《なにが?》
「ストレス。そんな雰囲気。
私を助けてくれたお礼がしたいの」
《お礼がもらえるなら陸の上がよかったよ。
ぼく、泳げないからさ》
「お生憎様、私には足がないのよ。
後悔はさせないからしっかりつかまっていて」
そう言い終わった途端、シロイルカは
海底深く潜ったかと思うと
ものすごい勢いで上昇して海面から
飛び出してそのまま空を飛んだのです。
私は溺れる心配はなくなりましたが
今度は落ちる心配がやってきます。
いや、落ちて溺れる心配がやってきたのです。
シロイルカにしがみついた臆病な私は
みるみる上昇し眼下に大海原が見渡せます。
なんて素晴らしい眺めだろう。
孤島が絶海にあったら困るけど
もっとこのまま飛び続けていたい。
だけど全身ずぶ濡れの私は
上空の冷たい空気に当たって
なんだか急にひどい寒さを覚えました。
そしていたたまれずクシャミをした拍子に
お尻が滑って海の中へ真っ逆さま。
私は布団に絡まってもがいているところで
目が覚めました。
そして信じられないような冷気が
部屋のエアコンから噴き出されていたのです。
シロイルカは私にどんな命の洗濯を
させてくれるつもりだったのだろう。
なんだよ、もー!
夢なら最後までいきたかったよー!
今度は水中メガネとパラシュートと
釣り竿を持って夢の中に入っていこう。
ねぇ、お願いシロイルカ。
もう一度私を孤島に連れて行って。
白い砂浜でキミを助けるから。