生まれ変わり損なう夢。
深夜、駅前にある郵便ポストまで
ハガキを投函しに行った。
とても疲れていて眠かったけれど
これが終わればやっと心置きなく眠れる、
そう思ったらほっとして気が楽になった。
その開放感を味わうように軽い足取りで
駅に向かいポストの投函口にハガキを
入れようとしたまさにその時
突然奇妙な声が聞こえてきた。
「つぎ、生まれ変わるとしたら
何に生まれ変わりたい?」
「・・・えっ?」
ぼくは驚いて反射的に周りを見回した。
誰もいない。
なんだ空耳かと思ってハガキを投函したら
また声がした。どうやらポストの中から
聞こえてくるようなのだ。
「つぎ、生まれ変わるとしたら
何に生まれ変わりたい?」
誰かがイタズラでもして
ポストの中にマイクでも仕組んだんだろう。
「そうだなぁ、フェデラーかな」
「知らないわ!それは人間なの?」
「そうだよ、テニスプレーヤー。
悪いけどぼく、疲れているんだ。
相手をしてあげたいのは山々だけど
眠いからこれで失礼するよ」
そう言って立ち去ろうとしたら
投函したはずのハガキが投函口から
飛び出してぼくの足元に落ちた。
ウソだろ?なんだか面倒なことが
起こりそうな気がした。
「あなたをそのテニスプレーヤーとやらに
生まれ変わらせてあげるわ」
「ホントかい?それはものすこく嬉しい。
でも生まれ変わるのは今じゃないよ。
一旦ぼくの人生が終わってからでいいんだよ」
「なに言ってるのよ!
せっかくのチャンスを逃すつもり?
いい?私の言うことを聞いてちょうだい。
私の身体を力一杯抱きしめるの。
そして目を瞑って・・・え〜と
誰だって言ったかしら?」
「フェデラー」
「あ〜そうだったわ。
その名前を心の中で3回唱えるの。
やってみて?」
「え〜〜〜〜っ、なに?キミは誰?」
「アリアナ・グランデよ。どお?
やっと念願がかなったわ。
あなたのおかげで生まれ変われたわ」
「それはそれは。おめでとう!
・・・で、ぼくはどうなったの?」
「喜びなさい、第一段階成功よ」
「第一段階成功って?」
「無事にポストになれたってこと。
今度は誰かがあなたの元に郵便物を
持ってきた時にその人に声をかけるのよ。
何に生まれ変わりたいかって」
「ねぇ、冗談はよしてくれるかな。
ぼくはフェデラーになれるんでしょ?
ポストなんかに生まれ変わったままなんて
ゼッタイいやだからね」
「なりたいものになるには努力と我慢が必要なの。
聞き分けのない子どもみたいなこと言わないで。
きっといい人が来るわよ。
幸運を祈っているわ。え〜と・・・」
「フェデラー!!!!」
「自分を信じて!」
草木も眠る丑三つ時、
人通りの途絶えた駅前に立つぼくは
真夏の茹だるような風に吹かれながら
途方に暮れつつアリアナ・グランデが
この世にふたり存在する不思議な世界を
夜通し想像するのだった。
あの時、郵便ポストが声をかけなければ
ぼくはウクレレ通信講座の資料請求ハガキを
投函して今ごろベッドで眠っていただろう。
※昨夜は娘が鶏鍋が食べたいと言い出し
家族全員で滝のような汗をかきながら
勢いよく食べたのでした。
最後にオジヤまでいっちゃった。
お兄ちゃんが来週大学に戻るとのことで
娘が気を利かせて日本らしい料理を
食べさせたかったのかも知れない。
忘れられない夕飯になりました。