流れの中で。

いったいどんな事情があったのだろう
砂漠を長い時間歩き続けていたのか
荒れた土地でも開墾していたのか
それとも急峻な坂を駆け上ったばかりなのか
呼吸が乱れ喉もカラカラに渇いていた
意識が朦朧として何も考えられない
そんな状態で辺りを彷徨っているうちに
広い空き地の奥のほうに池を見つけた
ぼくはよろよろ歩きながらも
そこに辿り着き荒い呼吸のまま水面を覗く
透明度がかなり高く水底がよく見える
これなら飲めそうだ ありがたい
指先で水面に触れると波紋が起こり
幾重にも連なった美しい円模様が
池全体に広がってゆく
とりあえず喉を潤そうと
震える手で水を掬い口に含み
それから喉を鳴らして一心不乱に飲む
そんな飲み方ではまどろっこしいと
ぼくは思い切って池に飛び込んだ
池は驚くほど深く水は限りなく透明で
水底に古い人家の屋根が見える
えっ、水底に人家?・・・そうか
ここは池ではなくダムだったんだと気づく
不思議なことに水の中にいるのに
全然苦しくはなかった
それどころか水の中にいることが
すごく自然で気持ちいい
まるで空を飛んでいるような爽快な気分

そうやってしばらく身を任せ泳いでいると
なにやら頭上の水面が騒がしい
いつの間にか空に厚く鉛色の雲が垂れ込め
激しい雨が水面を叩いているようなのだ
雷鳴も轟き始め暗くなった水中に閃光が走る
その光が水底にぼくの影を作る
その影を見ると奇妙なことにぼくの身体は
人間ではなくイルカの形をしていた
道理で水の中でも苦しくないわけだ
ぼくは自分がイルカになったことを
自然に受け入れ自由に水の中を泳ぎ回る
純粋に楽しい!それ以外の感情は見つからない
いまイルカであることを幸せだと思った

突然ひとつ気になる不安が頭を過った
なにかが軋むような不吉な音が
先ほどから水中に響き続けているのだ
そしてその音は次第に大きくなっている
・・・なんの音だろう
しばらくして何か巨大なものが地響きを立て
崩れ落ちるような音が聞こえ
それと同時に水の中に奔流が生じた
ぼくはその流れに巻き込まれる
どうやらダムが決壊したみたいだ
ぼくはものすごい速さで流され
水とともに沢を下り木々を薙ぎ倒していく
その光景を目の当たりにして
ぼくは強大な力の中にいる悦びを感じ
言い知れない確かな感情が全身を震えさせた
どこまでもどこまでも流されてゆく身体
ぼくはいま光の速さで流されている
どこまでも どこまでも
ぼくを止めることは誰にもできない
そしてついに激しい閃光がぼくの身体を貫き
その瞬間ぼくは気を失った

どのくらいの時間が経過したのだろう
気がつけばあの忌まわしい雷鳴は遠ざかり
いまは水の中に暖かな陽がさしている
あれほど急峻だった水の流れは
いまはもうすっかり緩やかに変化している
もしかしたら海が近いのかも知れない
ぼくの体力の消耗が激しく放心状態に陥り
目を開けていることができない
それは流されているというより
深遠な穴の中に落ちていく感覚に似ていた

********************
ぼくは夢の中でどうしてあれほど渇いていたのだろう。
目が覚めて朝、フレディと散歩しながら
未明に見た夢の痕跡を頼りに思い返してみた。
だけどいくら考え続けても分からないのだった。

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