気持ちを上げてみる。
感動するフリをしてみる
笑顔を作る練習をしてみる
元気な自分を装ってみる
下手くそだってかまわない
無理してるってバレても平気
素が不器用なんだから仕方ない
まずは鏡の前で
つぎは家族の中で
それがうまくいったら
今度は友だちに向けて
さあ、やってごらんよ
きっとうまくいくから
「お前さん、やっと、やっと
そういう気持ちになれたかい?」
「おぅ、久しぶりだな、ポジティブ
シンキングなもうひとりのオレ」
「あたしゃ感動のあまり
思わず泣いちまったよぅ」
「・・・どうやらおめえは練習の
必要なんてまったくなさそうだな」
「バカをお言いでないよ!
こう見えてもあたしだって
落ちたり凹んだりすることも
そりゃああるさ」
「おめえがか?」
「そうさねぇ!とくにお前さんは
手がかかるからねぇ。
小心者だし頑固だし見栄っ張りだし」
「おぅ、よーくわきまえてるじゃねえか。
さすがもうひとりのオレだけのこたぁあるな。
だけどよぅ、オレってそんなに手がかかるか?」
「あたぼう、あたぼう、
毛がぼうぼう、なんてね」
「チェッ!おめえとオレとは
まだたっぷりと心の距離がありそうだ」
「なにを言ってるんだい、お前さん。
感動するフリをしてみるんだろ?
笑顔を作る練習をしてみるんじゃ
なかったのかい!
さあ、やってごらんよ。
あたしが見ててあげるからさ」
「・・・ふんとか?」
「ふんと、ふんと」
「笑わねぇか?」
「お前さんねぇ、あたしが
笑うような人間に見えるかい?」
「・・・そういうわけじゃ
ねえけどもよぅ。疑って悪かったぜ。
ほいじゃ、まず感動してみっからよ。
よーく見てろよ」
「さあ!」
「・・・・・・わっ!」
「・・・プッ」
「あっ、いまおめえ、笑ったな?
やめた、やめた!もうやらねぇ!」
「すまなかったよぅ。許しておくれよぅ。
あたしゃ笑うつもりなんか
毛頭なかったんだけど、つい」
「つい、なんでぇ」
「お前さん、照れながら
“わっ!“っていただろう?
その表情があまりにも
プリティだったもんだから、
つい笑顔になっただけなんだよぅ。
決して笑ったわけじゃない!
信じておくれでないかぇ?」
「・・プリティ?いまの表情がか?」
「たまらなくキュートだった!!
あたしゃもう一度お前さんの“わっ!”
を見てみたいって思っちまった。
後生だからやっておくれよ」
「仕方がねえ。おめえがそこまで
言うならもう一度だけ。いくぞ?
・・・・わっ!」
「あっ、今度は少しだけ照れながら
ぶっきら棒も混じったとっても
複雑な感動の“わっ!“だったじゃないのさ。
お前さん、人を幸せな気持ちにさせる
天才だと思うよ。ぜったいだよ」
「・・・・・ポジ」
「あたしゃ犬じゃないって
もう先(せん)にも言ったよ。
まあ、そんなことはどうでもいいよ。
なんだい?お前さん」
「おめえの方こそ人を幸せにする天才だぜ。
オレもおめえの笑顔ってやつを見て
幸せな気持ちになったんだ」
「まあ、お前さんたら・・・クスン」
「えーい、泣くんじゃねえ!
オレが涙嫌いなこと知ってるだろ?」
「悲しくて泣いてるんじゃないよ。
この涙ってう・れ・し・な・み・だ」
「・・・馬鹿野郎・・・ずずず」
「あれぇ?お前さんだって
泣いてるじゃないのさ。
この鼻紙使って鼻、かみなよ」
「悪いな。そいじゃ遠慮なく・・・
おめえがオレでよかった。チーン」
「お前さん、元気出たかい?」
「・・・わからねぇ。
だけどいつまでも暗い気持ちを
引きずってたって埒があかねぇ。
なんとか練習を続けてみるかな」
「あたしがいなくてもサボるんじゃないよ?」
「あたしがいないって、おめえ、
どっかにいくわけじゃねえだろ?」
「ふふふ」
「なんだよ、その不敵な笑いは」
「あたしゃ今からパリに行くのさ」
「はっ?パリ?いってえ何しにだ?」
「ローランギャロスで全仏オープンを
心ゆくまで堪能してこようと思って。
お前さんの分までチケット、
取っておいたから」
「ええーっ???それ、ふんとか?
すげーっ、感動ものだぜ!
いってえ何時の飛行機だ?」
「ウソぴょん!」
「・・・ウソ・・ぴょん?」
「本物の感動の味を味わわせて
やろうと思っただけさ」
「このやろう!待ちやがれ!」
「やなこったー!」