抜けない癖。

「もう来るんじゃないかな」

暖かい春の日の陽だまりの中

ぼくらは大きな川にかかる鉄橋に

貨物列車がやって来るのを

河原のベンチに座って

のんびり待っていた

先ほどから鉄橋を通るのは

普通列車ばかりで目当ての貨物列車は

なかなかやって来ない

でもそれはそれほど重要じゃなく

とにかくふたり一緒にいること

こちらのほうがはるかに大事だった

あまりにも長くそうしていたから

少し不安になってぼくは横を向いた

そのタイミングがお互いに

同時だったからぼくたちは

顔を見合わせて笑ったのだった

ここに来た時はところどころに

綿飴のような雲がいくつかあったのに

今はもうすっかりなくなり

空は見事なほど青一色になっていた

ぼくたちはまだたっぷり陽だまりに

包まれていたので取り留めもなく

いま読んでいる本のこととか

一緒に暮らしているフレディのこととか

ケンタのお母さんの手料理のこととか

いろいろな話をして

ときどき笑ったり驚いたりしながら

鶯色の時間を過ごした

それから

しばらく会話は途切れ

ぼくたちは列車の音に耳を傾けた

列車の走る音が聞こえてくるたび

視線を鉄橋に向けてみるのだけれど

やって来るのは普通列車ばかり

「まだかしらね」

「もう来ると思うんだけどなぁ」

「今日は休日ダイヤで貨物はお休みとか?」

「そうかも知れない。

だけどこの前見た時はすっごく長くて

数えたら27輌もくっついていたんだ。

それをユカにも見せたくてさ。

陽も落ちて少し寒くなってきたことだし

じゃあ、あと3回待ってダメだったら・・・」

「ダメだったら?」

「セントラルシティに新しくできた

イタリアンの店で飯を食べよう」

「イタリアン・・・オッケー。

それじゃあ、貨物列車が来たら?」

「やっぱイタリアン」

「どっちにしてもイタリアンなのね」

そう言ってユカがクスッと笑う。

「ただし貨物列車が通ったら

イタリアンは割り勘」

「わかったわ。神様、どうか貨物列車が

やって来ますように」

「・・・ん?やって来たら割り勘だぜ?」

「いいの、わたし。見たいもん、

貨物列車が通るところ。

こんなに長い時間待っていたんだしね」

それから3度、列車が鉄橋を渡ったけれど

どれも普通列車ばかりで

目当ての貨物列車は見られなかった

「ゴメン。退屈だったでしょ。

今度はもっとユカが

喜びそうなもの見に行こうよ」

「わたしが喜びそうなものって?」

「富士急の戦慄迷宮-慈急総合病院」

「それってチョー怖のお化け屋敷でしょ」

「ユカ、知ってるんだ」

「ええ。見てみたいわ。

でもそれはここで貨物列車を見た後ね」

「ユカ、オレに気をつかってる?」

「そんなことないわ。

ここでふたりで貨物列車を待ちながら

富士急のアトラクションをおさらいしましょ。

あぁ、なんだか楽しくなって来ちゃったわ」

「そうだね、そうしよう」

「あっ!貨物列車はその後にしてもいいかも」

「・・・・えっ?」

子どもの頃、かなりの頻度で中山にある

叔母の家に遊びに行っていました。

横浜駅で京急から東横線に乗り換える時、

駅を通る貨物列車を見るのが好きでした。

長く、長く、どこまでも続けと念じながら

毎回車輌を数えたものです。

どういうわけかその時の癖が抜けず、

この歳になっても条件反射のように数えます。

いつだったか出張のため大宮駅のホームで

電車を待ちながらカメラマンさんと

段取りの打ち合わせをしている時に

ちょうど通ったんですよ、貨物列車が。

そしたらふたり同時に打ち合わせの途中で

黙り込んで数え始めたんです(笑)。

私と同じような人っているもんなんですね。

※写真は今朝早く散歩の途中で

見つけたエゴノキの落花。

蔓性植物のベッドの上で気持ちよさそうに

眠っているみたいに見えました。

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