思い出の花。
ぼくは20代後半から30歳になるまで
銀座の会社で働いていた。
その会社を辞める前の半年間は
会社から歩ける距離にある
広告のクリエイティブスクールに
会社が終わってから通っていた。
当時は大学時代と変わらないくらい
貧しい生活をしていたと思う。
スクールが終わって横浜の実家に
帰るのはたいてい23時近く。
それまで夕飯を食べれないから
お昼ご飯をドカ食いして
なんとか保たせるしかなかった。
銀座で安くて美味しくて
お腹いっぱい食べられる店といえば
4丁目交差点近くにある
インドカレーのバイキングランチ。
ここで店のフロアスタッフの人と
顔見知りになって話をするうちに
サフランという花のことを知った。
そしてそれから2日か3日後に
やっぱりランチで訪れた際に
店を出る時にその人から小さな
球根を渡された。
家の庭に植えてみて、と。
それからさらに3日後くらいに
店に行くともうその人はいなかった。
ぼくもそれから2ヶ月くらいして
銀座の会社から転職して六本木の
広告プロダクションで働くようになってから
その小さな球根のことは
すっかり忘れていた。
どのくらい後のことかあまり
覚えていないのだけど、
ぼくはインフルエンザにかかって
何日間かを実家で過ごした。
もう熱も引いて元気になったけど
まだ出社できないという日に
庭の陽だまりに見慣れない紫の花が
群れて咲いているのに気がついた。
母に花の名前を尋ねると、
母はあきれた顔でこう言った。
「いつだったかお前がどこからか
もらってきたサフランだよ。
自分で植えてて忘れたの?」
「えっ、これがあの時のそれ?」
「その花の雌しべを収穫して
水に浸すときれいな黄色に染まる。
それで炊いたご飯がサフランライス」
「へ〜」そう言ったきりぼくは
しばらくその可憐な花を見ていた。
そんな背景があって、
ぼくは「どんな花が好き?」って
だれかから聞かれた時に
迷うことなくこの花の名前を
挙げられるように準備しているのだけれど、
まだ一度も聞かれたことはない(笑)。
たぶんぼくが花とは無縁のような容姿を
しているからなんじゃないかな。
※写真はネットからの転載です。