巌流島オープン2022。

♪オイラはクールなリュート弾き
町から町へと旅をして
感じるままに歌い上げ
女の心を溶かすのさ♪

「ねぇ、おじさん、
その楽器、リュートっていうの?」
「おぅ、これか?あぁそうだ。いい音色だろ」
「うん、とっても。おじさんの歌もなかなかだよ。
おじさんは女の人が好きなの?」
「いい質問だ、坊や。
男はだなぁ、女を愛するために
生まれてくるものなんだ。
なかには男に惚れる男もいるけれど
オイラの場合は女だ。
坊やにはステディな仲の女子はいるか?」
「すてでぃ?」
「付き合ってる女の子はいるかってことさ」
「いるわけないよ。
ぼくまだ小学校の3年生だもの」
「おぅ、そうかそうか。
だがなぁ、じきに女を好きになる。
そしたらしぜんと歌いたくなる。
恋とはそういうもんだ」
「ふーん。
でもぼく、今はなんでも分かり合える
男の友だちが欲しいんだ。
おじさんの持ってるその楽器は
友だちを作るのには向いてないの?」
「そんなことはないぜ、坊や。
坊やとオイラはもう友だちだ。違うか?」
「違うよ。おじさんはいい人みたいだけど
きっと話、合わないと思うもん」
「どうして分かる?」
「じゃあ聞くけどおじさんは
LINEとかやったことある?」
「坊や、オイラをあんまりなめて
かかっちゃいけねぇよ。ほれ!」
「わーっ、すこーい!おじさん、
顔に似合わず交友関係が広いんだね。
だけどみんな女の人ばかりじゃない」
「あぁそうか、坊やは男の友だちが
欲しいんだったけか」
「そう。いっしょにテニスしたり、
ゲームしたり、公園で遊んだり。
ピンチの時は助け合えるような
そんな友だちが欲しいんだ」
「顔に似合わずついでに言っておくと
オイラはテニスだってやるぜ」
「えーっ、いが〜い!
運動神経なんかとっくの昔に
切れちゃってるように見えるのにねー」
「バカなことを言うもんじゃねえ。
なんならゲームしてみるか?」
「いまから?」
「あのなぁ、ラケットもボールも
コートもねぇこのシチュエーションで
ゲームができるか?
坊や、今度の土曜日の午後、
あの橋を渡って巌流島テニスクラブに
ラケットを持って来い」
「えーっ、ホント?ぅわー、
なんだか楽しくなってきた。
おじさん、逃げたらダメだよ」
「それはこっちの言うセリフだ!」

「えっ、巌流島テニスクラブ?」
「そうだよ。行っていいでしょ?ママ」
「誰と果たし合いするの?小次郎」
「リュート弾きのおじさん。
だいいち果たし合いじゃなくて
テニスの試合だし」
「リュート弾きのおじさんって
あなたどこで知り合ったの?」
「学校からの帰りにだよ。
ママこの説明、これで4回目だよ」
「ごめん、ごめん。こう見えても
ママはとっても忙しいのよ。
お買い物とか、夕飯の支度とか、
学校からのお手紙読んだり。
時々頭の中がこんがらがっちゃうのよ。
だけど試合をするからには小次郎、
1回は必ず決めなさいよ、タックル!」
「ママ、テニスだってば!」
「冗談よ、冗談。で、リュート弾きの
おじさんはどんな歌を歌うのかしら」
「女の心を溶かすのさって歌ってた」
「えっ、なにそれ!
そのおじさん、かなりヤバくない?」
「相当ヤバいかも。でも友だちの
作り方を教えてくれそうだし、
今度の土曜の午後はテニスの試合を
するだけだから」
「待ちなさい小次郎、土曜の午後ね?
ママも一緒に行きます。いい?
絶対にひとりでいっちゃダメよ」
「分かったよ、ママ。
あれ?なんか焦げ臭くない?」
「あっ、キャーッ!たいへ〜ん!
パンケーキ、またやっちゃった」
「いいよママ、気にしないで。
焦げたところははがして食べるから」
「まぁ!なんてやさしいの、小次郎。
ハチミツとバター、いつもより多く
乗せといてあげるわね」

「おっそいわねぇ、
もう1時間もここで待っているわ。
小次郎、場所はここで合ってるの?」
「うん午後に巌流島テニスクラブ、そう言ってた」
「午後何時なの?」
「わからないよ。ただ午後って」
「仕方がないわねぇ。
じゃあもう少しだけ待ってみましょう。
小次郎、お腹空いてない?ママはペコペコよ。
待っている間にクラブハウスで何か食べない?」
「いいよ、付き合うよ。
でもぼくはアセロラジュースだけでいい。
試合の前だし」
「小次郎はアセロラジュースね?
私はカツ丼のメガ盛りにツクネを3本。
えっ、メガ盛りはできない?あっ、そう。
それじゃカツ丼を2人前にして。
それとお味噌汁をドンブリで」
「ママ、すっげー食欲!」
「だってお昼ご飯を食べたっきりよ」
「でもまだ2時間しか経ってないよ」
「あっ、それもそうね。
やっばりツクネはキャンセルするわ」
「かしこまりました」

「ママ、どう?お腹いっぱいになった?」
「えぇ、とっても幸せよ?
それはそうと、まぁ!もう3時!
対戦相手の人、どうしちゃったのかしら」
「あっ、来たよ。いまクルマから出てきた」
「出てきたってあのアストンマーチンから
降りて来た人?」
「そう。アストンマーチンってクルマの名前?」
「そうよ、チョー高級車。
やっぱりママが思っていた通りだわ。
フツーの人じゃなさそうね。
反社会的な勢力の人だったら大変」
「ハンシャカイテキって?」
「アブナイ人かもってこと。
だってあんなクルマ、普通に働いていたんじゃ
とても買えないわよ」
「リュート弾きながら歌を歌う
羽振りのいいアブナイおじさん・・・ってこと?」
「シーッ、小次郎、声が大きいわよ。
周りの人たちがみんな振り向くじゃない」

「よっ!坊や、待たせちゃったかな?」
「1時に来たよ。ママがお腹すいちゃったって
あそこのクラブハウスでご飯を食べてた」
「えっ、そいつぁ悪かったなぁ。
ママが一緒なのか?どこ?」
「いまレジでお金を払っている人」
「あのレモンイエローのスーツを着た女性か?」
「うん、美人でしょ。おじさん、グッときた?」
「あぁ。・・・ってアホなこと言わすなよ。
どーれ、ちょっと挨拶してこなくちゃ。
あっそうそう、坊やの名前、まだ聞いてなかったな」
「ぼくの名前は笹本小次郎、でママは夏子」
「おじさんの名前は宮城武蔵っていうんだ。よろしくな」
「あっママ、この人がリュート弾きの
羽振りのいいアブナイおじさんだよ。
ミヤモトムサシさんだって」
「違う違う、私の名前は宮城武蔵。
ところで羽振りのいいアブナイおじさんって
だれのことだい?」
「これっ、小次郎!!失礼なことを
言うもんじゃありません。
教育が行き届かず申し訳ございません。
この度はテニスでお手合わせしていただけると
息子から聞いております。
小次郎の母の笹本夏子と申します」
「こいつぁどうも。すっかりお待たせして
しまったようで申し訳ない」
「いえいえ、よろしいんですのよ。
今日は久しぶりに息子のテニスを観ようと
1日空けることにいたしましたので
お気になさらないでください。
小次郎もこの日を楽しみにしていました」
「本当か小次郎くん」
「・・・ぷっ!小次郎くんって。”くん”はよしてよ。
ぼくたち、友だちでしょ?ムサちゃん」
「・・・ムサちゃん・・・まっいいか。
じゃあちょっと着替えてくるから
5分だけ時間をくれるか。
コートはもう予約してあるんだ。
準備が整っていたら7番コートに先に行っててくれ」
「いいよ。じゃあ後でね。負けないよムサちゃん」
「ああ、小次郎。全力でぶつかって来いってんだ」

「おじさん、もう1ゲームやる?」
「やるわけねぇだろ!とんでもねぇガキだ。
いったいどこで習ったんだ?」
「虎の穴テニスアカデミーだよ。
富田勢源っていう人がぼくのコーチ」
「やっぱり!それならそれと最初っから言えってんだ。
巌流島くんだりまでやって来て
しかもこれだけ見物人が集まった中で
オイラのようないい男が
小学生のガキにボコられたんじゃ
物語としてかっこつかねぇじゃねぇか」
「負けは気にしなくていいよ。
ぼく、大人に勝ったって自慢したりしないからさ。
あっ、LINE!・・・ユリちゃんからだ。
ムサちゃん、ぼくこれから
のっぴきならない用事ができちゃった」
「のっぴきならないって、そんな言葉、
小学3年生がフツー使うか?
それにユリちゃんって、小次郎、
ステディな仲の女子がちゃんといるじゃねぇか」
「そんなんじゃないの、ユリちゃんとは。
いまはまだ友だちのひとりだよ」
「ほぅ。小次郎、お前も近いうち
リュートを背負って諸国を旅しそうだな」
「ぼくはリュートじゃなくラケットを背負って
世界中を旅することに決めてんだ。
今日はおじさんとテニスができて
すっごく楽しかったよ。またやろうね」
「あぁ。今度は不覚をとられねぇように
しっかり調整してくるからな。
逃げるんじゃねぇぞ、小次郎。
首を洗って待ってろ。
あー、それから最後にひとつ質問だ。
そのぉ、小次郎のママは・・・独身か?」

気が向いたら続きを書こうと思っています(笑)。

※ウィキペディア佐々木小次郎の項によると
武蔵が決闘にわざと遅れたというのは
吉川英治氏の創作らしいです。
また、一対一の決闘を約束していながら
武蔵は弟子4人を引き連れて巌流島(船島)に渡り、
決闘で武蔵は小次郎を仕留めることができず
弟子によって撲殺されたとあります。

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