夢の枕(5/6)

「ねぇ夢野さん、ぼくの夢の中の声って
黄泉の国に届くのかなぁ」
「さぁ、どうでしょうか。
人それぞれお考えがあるでしょうから
一概にはなんとも言えませんが、
私は届くと思っています」
「どうしてそう思うの?」
「死者の魂の存在を感じるからです。
豆ノ森さまはご自分がどなたかに
見守られていると感じたご経験は
おありではありませんか?」
「それはあるかも。
クルマを運転している時とか、
風邪をひいて寝ている時とか、
ううん、それこそふとした何気ない
日常の中にだって感じることもある。
特にぼくは父を亡くしてからは
父の眼差しを感じることがいちばん多いかな。
気のせいかもしれないけれどね」
「いいえ。おそらくお父様は
豆ノ森さまのことが心配で心配で
仕方がないのではないでしょうか。
もしかしたらお父様の方だって
豆ノ森さまに対して何か思うところが
おありかも知れません。
たとえば生前にこんがらがったままに
なってしまった糸を解きたいとか・・・」
「そんなこと思ってないと思う」
「どうしてそうお思いになるのですか?」
「ぼくは結婚して家を出るまで
父と暮らしてきたんだけど、
もう高校に入る前くらいから
ほとんど口をきかなくなっていた。
父もぼくと話そうとはしなかったし
お互いに平行線のまま年を重ね、
もう交点を探そうという気持ちすら
なくなっていたと思う」
「それならどうして今になって夢の中で
お父様とお会いになろうと?」
「・・・なんでだろう。
やっぱり気になっていたのかな。
夢の中で父の背中を見た時、
何かわからないけれど急に自分を
コントロールできなくなって・・・」
「それが涙になり、シミとなって枕に残った・・・」
「夢野さん、すごいよ。
こんな小さなシミを見つけて
ぼくの嘘を見破ってしまうなんて」
「もし、もしかしたらですよ?
お父様はご子息さまを上空から
見守ることには慣れていた、
ところがあなたの方からの視線を
受け止めることには不慣れでいらっしゃった。
だからお父様はバツの悪さみたいな
ものを感じて思わず背中を向けてしまった。
そんなふうに理解することも
できるのではないでしょうか」
「うーん、正直分からない」
「ものごとを悪い方にばかりとってはいけません。
お父様もご子息さまに会いたい。
勘違いでもいいんです。
そう思えればもっと楽になるのではないでしょうか。
元々が親子なんですから」
「・・・そうかも知れない」
「それではこの枕、もうしばらく
お手元に置いていただいて結構です。
その気になられましたらどうぞ心置きなく
お父様とお会いになってください」
「いつか父はぼくの方を向いてくれるかな」
「大丈夫!きっとお父様も
お喜びになられることでしょう」
「ところで夢野さん、あなた、
現実に存在する人なの?」
「・・・どうお答えすればよろしいでしょう」
「もしかしたら精神世界の中に棲む
守護神のような存在なのかと」
「どうしてそうお思いになる?」
「だってこうして夢野さんと
面と向かって話をしているのに
不思議なことにまったく実像として
ぼくの頭の中に残らないんだもの」
「実像として残らない・・・」
「そう!駅前で夢野さんと会った時も
ぼくは夢野さんを見ていたし、
声だって聞いていたはずなのに、
別れた瞬間、夢野さんがどんな顔で
どんな声をしていたのか、まるで
思い出せなくなっていた」
「でも豆ノ森さまには今の私が見え、
声もちゃんと聞こえている。
そしてお会いしたというご記憶も」
「残っている」
「それで充分かと。実存するしないは
大した問題ではありませんよ」

※夢の枕(6/6)に続きます。

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