夏の必需品。
「プシュッ!」
「ちょいとお前さん、
いったいなにやってんだい。
アホみたいに”プシュッ!”だなんて
効果音なんか出しちゃってさぁ」
「おっ、現れやがったな」
「現れやがった?あたしゃねぇ、
お化けでもなけりゃゴキブリでもないよ。
ポジティブシン・・・」
「・・・キングなもうひとりのおれって、
そう言いいてぇんだろ」
「わかってるんだったら、
はじめからそうお言いよ、
このオタンコナス!」
「相変わらず口の減らねえヤツだぜ、
おめえって奴はよぅ、まったく!
おめえが今耳にした”プシュ!”は
効果音なんかじゃねえよ。
おれの右手に持っているピンクの小瓶を
よーく見てみろよ」
「・・・ロマンティックブーケの香り?
なんだい、お前さんやっぱり底抜けの
ヘンタイ野郎だったかい」
「あのなぁ、おめえの目はいってぇ
どこについてんだい。普通はよぉ、
でっけぇ文字から読むだろう。
ここによぉ”おたすけベープ”って
書いてある文字が素直に読めねぇか」
「どれどれ・・・お前さんこそ
どこに目ぇつけてるんだい。
その大きな文字は、あたしには
”おすだけベープ”って読めるんだけどねぇ」
「ん?・・・ふんとだ!こいつぁオレとも
あろう者がついうっかりしちまった」
「そんなことはどーでもいいよ。
それよりその”プシュ!”はなんなんだい」
「ハッ、ハッ。気になっか?そうかそうか。
おぅ、今おれが一押ししたのはだなぁ、
蚊を退治するためよ」
「蚊?そんなちっぽけな分量で
部屋の隅にいる蚊が退治できるわけ・・・
あら?フントだ!
すごいもの作ったんだねぇ、お前さん」
「いやいや、作ったのはおれじゃねぇよ」
「知ってるよ!からかい甲斐があるねぇ
お前さんてぇ人はさ」
「なんだとぉ?おめえの言うことにゃ、
いちいち腹が立つぜ。
今度生意気な口ききやがったら、
おめえなんかと金輪際口きかねぇから
よく覚えておきやがれ」
「おやっ、お前さん、怒ったのかい?
怒るとお前さん、ずいぶん引き締まった
いい顔になるじゃないかぇ。
虫も殺さぬいいオトコってのは
お前さんのことかも知れないねぇ」
「馬鹿を言うもんじゃねぇ。おらぁよぅ、
たった今蚊を殺っちまった。
だけどよぉ、部屋の中に一匹でも
蚊が紛れ込んでたらよぉ、刺されて
痒くてグッスリ寝てなんかいられねぇんだ。
グッスリ寝れねぇとよぉ、
寝不足んなって次の日の仕事の効率が
ガクンと下がっちまうから仕方ねぇんだ」
「するとなにかい?お前さんのあの仕事の
遅さは蚊のせいだって言うのかい」
「・・・・・・」
「おやっ?お前さん、
どうやらまた怒ったみたいだねぇ。
そのくらいあたしにだってわかるよ。
なんたってお前さんと同じだけ
生きているんだからさ。
でもよーく考えてごらんよ。
これからは老後の生活が待っているよ。
寂しいよぉ?ビンボーだよぉ?
そんな時にあたしみたいなもんでも
そばに居ればずいぶん重宝するよぉ?」
「・・・・・・」
「お前さん、今夜は男前が長持ちするねぇ。
でもさ、あんまり長いこと男前の顔ばかり
しているとあたしに嫌われるよぉ?
ちょっとお前さん、
なんか言い返したらどうだい」
「・・・・・・」
「蛤みたいに口閉じていないで
歌でも歌ってごらんよ。気分が晴れるからさぁ。
リンダ山本とかいったかい?
あれ、お前さんのお気に入りだったじゃないかぇ。
さぁ、気分を直してシング・プリーズ!」
「・・・・♬ひーとり、ふーたり、
こーいの相手は星の数♫」
「ほーら歌い出した。パチパチパチ!
あたしゃねぇ、お前さんのそういう
立ち直りの早いところに”ほ”の字なんだよ」
「なーにが”ほ”の字だ!シング・プリーズだ!
黙ってりゃいい気になりやがって。
まぁでもよぉ、おめえだって根っからの
悪党ってわけでもなさそうだし、
悪気があっておれを怒らせたんじゃなくて、
ただあまりにもおれが愛くるしいから、
からかいたくなった。そうだな?」
「ワハハ!愛くるしい?そうだよ
愛くるしいに決まっているじゃないのさ。
さぁ、今夜はリンダ山本で
オールしちゃってごらんよ」
「そうかぁ?じゃあ、やるよ。
♬ひーとり、ふーたり、こーいの相手は星の数
だーれもかーれもはーなを抱えて扉を叩く・・・♫」
「なんだい、お前さんのそのフリツケも
素晴らしいじゃないのさぁ」
「そうだろ?おれって最高だろ?
なんだか身体が無性にジンジンしてきちまったぜ」
「ちょいとお前さん、
いくらジンジンしてきたからって
窓を開けたらあたしの大嫌いな虫が
入ってくるじゃないのさぁ」
「おう、そうか。こいつぁうっかりしてた。
無益な殺生はするもんじゃねぇよなぁ」
「どうしたんだい、お前さん。
今夜はお前さんが仏様に見えるよ」
「よせやい!おれが仏様だったら
”おたすけベープ”を買ってらい!」
そんなわけで”おすだけベープ”の
効き目はすごいです。
間違ってふた押ししてしまうと
自分までひっくりかえってしまいそうです。
この夏はこれに”おたすけ”されそうです。
だからさぁ、おれの部屋に入ってくるんじゃ
ねぇぞ、モスキート!