オトコの未練。

30代の頃に店員に勧められるまま
無理して買った生地も仕立ても
質のいい身分不相応なスーツ。
「一生ものですよ」と言われて
そうかも知れないとその時は思った。
確かにいいスーツは一生ものかも知れない。
だけどその頃の体型は一生ものなどではなく
50歳を過ぎたあたりでウエストが
ボトルネックとなって着れなくなった。
頭の中に高級スーツというイメージがあるから
着れなくなったスーツが処分しきれずに
今も箪笥の中で貧乏揺すりをしている。
「いったいぼくはいつになったら
外に出かけていけるの?」とスーツが言う。
「いま体型を戻そうと懸命に身体を鍛えているから
もう少しだけ待ってくれない?」
「もうこんなナフタリンの匂いがする
真っ暗な箪笥の中はまっぴらなんだ。
鬱症状が悪化するばかりだよ」
「キミの気持ち、よくわかるよ。
じゃあこうしよう。あと3ヶ月だけ猶予をくれないか。
3ヶ月あればなんとか着れるようになるさ。
そしたらキミをまとって外に出ようじゃないか」
「ホントかい?3ヶ月でなんとかなるの?その体型」
「オトコに二言はないさ」

そうスーツたちと約束してから
明日でその3ヶ月経つことになる。
現在身長178cmで76kg、当時は62kgだった。
どんなに減量してもお腹を引っ込めても
どう考えたって着れるわけがない。
だいいち着れるようになったとして
いったいぼくはどこに着て行けばいい?

犬を散歩させるのとはわけが違う。
我が家は目下、家の中を断捨離中。
ポリ袋を持った家人の細めた目が冷たく光ってる。
いい生地なんだよ。
ぼくが痩せさえすれば彼らは生き残れる。
捨てるなんてことになったら、奴ら泣き出すぜ。
青春の思い出なんだ。

なーんてものがぼくの身の回りに溢れている。
出窓下収納には300枚くらいのLPレコードもある。
レコードプレーヤーは・・・ない。
「捨てることができないようじゃ
もう新しいものなんて買えやしないわ」
ちょっと待ってくれ。
あと3ヶ月もらえれば家を広げて見せるから。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

gooblog

前の記事

いつの日か。
gooblog

次の記事

後退と突進と。