ただの夢。

月明かりのある暖かい夜
静まり返った深い森の中に
永遠に消えない炎を
捕りに行く夢を見ていた。
心もとない月明かりを頼りに
なだらかな斜面を登ってゆく。
辺りが暗いわりには
月明かりでできた木々の影が
くっきりしている。
しばらくすると行く手に
小さな淡い光を見つけた。
近づいてみるとそれは
銀と陶器と硝子で作られた
精巧な蝉のブローチだった。
太い樹の切り株の上に乗っていて
月の光を鈍く反射させている。
まるで何世紀も前に作られたものが
窮屈な宝石箱から逃げ出し、
時を超えてこの森の中に現れた
高貴な人の遺品のように思えた。
手を伸ばそうとしたら
蝉は羽音を立て飛び上がり
不器用に私の頭の上で円を描いた後
私の左胸にぴたりと留まった。
そして今度は月の反射ではなく
蝉自らが光源となって私の足元を照らす。
永遠の炎の場所まで案内してあげる。
蝉は音のない声でそう言った。
しばらく森の中を歩いていると
私の胸のあたりが蝉の光で
徐々に温かくなってゆくのを感じる。
途中、夥しい数の蝙蝠や
人間を丸呑みできそうな大蛇に
遭遇したりしたけど
そのたびにブローチの蝉が
甲高い羽音をさせて追い払ってくれた。
深い森は突如として高い岩壁に阻まれ
そこから先には進めなくなった。
仕方なしに岩壁伝いに右に進むと
なにやら人の気配がする。
私が岩陰に身を伏せ様子を窺っていると
石器時代のような人たちが10数人
岩肌に掘られた穴の中に
吸い寄せられるように入っていった。
穴の中はとても明るい。
男もいれば女性もいた。
恐る恐る近づいて穴を覗くと
中は松明のような原始的な炎が
空中に浮かんで揺れていた。
奥行きは5メートルほどしかない。
先ほど穴の中に入っていった人たちは
どこにも見当たらない。
どこへ消えていってしまったのだろう。
炎は静かに力強く燃えていた。
あの炎はまさに私が探している炎だと
ブローチの蝉がやっぱり音のしない声で
私に教えてくれた。
このまま穴の中に一歩足を踏み入れたら
私もあの人たちのように
消えてしまうような気がして
なんだかすごく怖い。
それでも私はあの炎を捕るために
ここまでやってきたのだから
いまさら引き返すなんてことしたくない。
私は意を決して穴の中へ足を踏み入れる。
その瞬間ブローチの蝉が私の胸を離れ
炎の中に飛び込んでいった。
オレンジの炎は紫になり黄色へと変化して
強烈な光を放ち穴の中を金色に染めた。
金色に染まると私は穴の内壁に
何か絵が描かれていることに気づいた。
描かれているのは無数の孔雀だった。
それらの絵が壁から抜け出して
蝉のブローチと同じように
炎の中に次々と飛び込んでいく。
飛び込んでいくにつれて炎は大きくなって
天井の岩肌を焦がすまでになった。
永遠に消えない炎・・・・
手を伸ばして触ろうとすると
今度は炎の中から孔雀たちが一斉に飛び立ち
再び壁面に貼りついて絵に戻った。
炎は手のひらに乗るくらいまで
小さくなったので手のひらに乗せてみた。
炎なのに熱いという感覚はない。
これは命の炎なのだろうか。
よく見ると炎の中にブローチの蝉がいた。
ブローチの蝉は可哀想なことに
羽を4枚ともすべてむしられていた。
「君たちがやったんだね?」
私は怯えながら壁面の孔雀たちに言った。
「これは儀式なのだ。蝉はそれを理解していた」
孔雀の冷たい声が穴の中で奇妙に反響した。
私は炎を手に乗せたまま穴から出た。
岩壁伝いに元来た道を戻る。
戻りながら蝉に新しい羽を
作ってやろうと考えていた。
炎のおかげで森の中で迷うことはなかった。
蝉のブローチを見つけた切り株まで
戻ってくると炎はわずかに明滅しながら
切り株の上に乗せることを要求した。
乗せればもしかしたら
蝉は羽を取り戻せるかも知れない。
でもそのまま消えてしまう可能性だってある。
逡巡していると背後からかなりの人数の
足音が追いかけてくる。
先ほどの石器時代の人たちに違いない。
きっと炎を取り返しにやってきたのだ。
私は炎を両手のひらの中に入れ
無我夢中で駆け出して森を抜けた。
もう大丈夫。そう思って
包んだ手のひらを開けると炎は消えていた。

目が覚めた時、私は恐怖心から
駆け出してしまったことをひどく後悔した。
せっかく永遠に消えない炎を
手に入れたと思ったのに・・・
私は落胆しながらベッドから起き上がる。
だけど永遠に消えない炎っていったいなんだろう。
ただの夢。なのにとってもリアリティがあった。
こんな夢を見た後の目覚めはとても重い。

※写真は先ほど見た夕刻の空。
幼い頃に蝉を捕りに行った時に
見上げた空と似ているなと思った。

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