思い出はいまも。

遠い遠い昔のこと。
まだ就学前、今日のように暖かい春の日に
おじいちゃんの運転する自転車の荷台に
乗って連れていってもらった山下公園。
ぼくはカーブに差し掛かるたびに
おじいちゃんと一緒に傾きながら
楽しい叫び声を上げ、
おじいちゃんの大きな背中に
必死にしがみついていた。
公園に着いてからどんな話をしたのか、
どんなふうに遊んだのか、
いまではすっかり忘れてしまった。
だけどあの時見上げた空のことは
とてもよく覚えている。
青というよりはとても深い濃紺、
いま思えば宇宙を思わせるような色だった。
その紺色の中に綿菓子を千切って
放り投げたような雲が浮かんでいて、
それらが同じ速さでゆっくり流れていた。
芝生に並んで腰を下ろして空を見上げる。
ふと横を見るとおじいちゃんも
ぼくと同じように空を見上げながら
のんびり平和そうな横顔をしていて
ぼくはなんだかとてもうれしくなった。

今日の午後、打ち合わせで東京まで
出かけたのだけれど、
地下鉄の駅を降りて地上に出て
何気なく空を見上げた時、
ふとそのことを思い出してしまった。
あの時の空と今日見た空は全然似ていない。
なのにどうして思い出したのだろう。
なにか心の襞に入り込む
不思議な波長のようなものでも
感じ取ったのだろうか。
思い出しているうちに
懐かしいような少しうれしいような
それでいて心のどこかに哀しみが
残るような気持ちになって
ぼくはその気持ちをどこかに
大切にしまっておきたくなった。
懐かしさを感じる時って
人間は意識しなければ自然と涙腺が
弛むようにできているのだろうか。
分からない。
ずいぶん昔のこと。
すっかり忘れていた遠い日の記憶。
あの時おじいちゃんの背中は
日向の匂いがした。

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